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空を見上げる人生、足元を見つめる町づくり
熱いアメリカ大陸から寒い東京を問う ジャーナリスト 伊藤千尋
伊藤千尋(いとう・ちひろ) プロフィール
1949年山口県生まれ。東京大学法学部卒。朝日新聞サンパウロ、バルセロナ、ロサンゼルス支局長を歴任し中南米、欧州、米国で特派員活動をした。2003年9月から雑誌「論座」編集部員。著書に『人々の声が世界を変えた』(大村書店)、『太陽の汗、月の涙』(すずさわ書店)、『観光コースでないベトナム』(高文研)、『「ジプシー」の幌馬車を追った』(大村書店)、『燃える中南米』(岩波新書)などなど。ホームページはhttp://homepage1.nifty.com/CHIHIRITO/
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日本に帰国する日にイラクでの日本人人質事件が起き、飛行機のテレビは人質のニュース一色だった。やがて人質バッシングが続いた。そんな中、パウエル米国務長官が「より良い目的のため自ら危険を冒した日本人たちがいたことを私はうれしく思う」と語った。これが世界の常識 これは伊藤千尋さんの環太平洋通信29(週間金曜日)の一節だ。外からみると日本こそ非常識な国になっているのでは。そんな状況を変えたいならどうするのか。朝日新聞特派員として、中南米などをめぐり、人々の生活に接し、そのエネルギーを肌で感じてきた伊藤千尋さんからのメッセージをお届けする。
二年半にわたる特派員を終えて米国から日本に帰国した昨年、久々に東京の街を歩く人々を見て驚いた。だれもがうつむいて歩き、顔に生気がない。人生の夢も希望もないとしか思えない悲しい表情だ。
怯えの裏で金もうけ
米国は違う。市民の心には新たなテロに怯える不安がどうしようもなく宿っているが、それでも彼らは上を向き、未来の自分を描いて今を生きている。
米国でテロが起きたのは、私がロサンゼルス支局長として赴任してわずか二週間目だった。数日後、車やビルに星条旗が掲げられ、街は国旗の洪水となった。連邦議会では「愛国法」ができ、テロリストを摘発するという理由で警察が市民の電話を盗聴したり市民の個人情報を入手することができるようになった。社会は急速に息苦しくなった。
ところが、街で国旗を売るおばさんに声をかけると、メキシコから越境してきた不法移民だった。これぞチャンスだとばかり、彼女はちゃっかり金もうけしているのだ。実にたくましい。
「愛国法」に憲法で応える警察署長
「愛国法」に基づいて連邦警察の職員がカリフォルニア州を訪れ、市民の個人情報を出すよう地元の警察署長に求めたところ、署長はきっぱりと断った。理由を問われると「地域の市民の基本的人権を守るのが警察の役割だ。私はポッと作られた法律でなく、合衆国憲法に沿って行動する」と答えた。同じように全米各地の自治体の図書館で市民の図書引き出し情報を調べようとした連邦警察に対し、憲法をたてに職員が協力を拒否した。
権力に服従しない
イラク戦争が始まる前、全米で百を超す市議会が反戦決議をした。ロサンゼルス市議会は「空爆で罪もないイラク市民を殺すことになる」など十三項目の理由を挙げ、開戦をやめるよう政府に迫った。同じころ、サンフランシスコでは全市の三分の一に当たる人々が反戦デモを行った。
選挙でブッシュ大統領が再選されたが、さほど悲観する必要はない。二期目の大統領選はどこでも現職有利と決まっている。しかも米国は戦争中だ。本来なら戦時大統領のブッシュ氏が圧勝するはずである。ところが有権者の半分は彼を拒否した。米国民はけっして権力に黙って従ってはいないのだ。
向き合うことで解決へ
サンフランシスコでは、地域の問題を自治体と市民が協力して解決していた。工場の廃水汚染にいち早く気づいたのは市環境局で、地域の住民を促して環境団体を結成し、自治体と市民がいっしょになって工場に改善を迫った。ホームレスが集団でいた商店街では、住民と市とホームレスの三者が集まって協議し、彼らのためのマンションを建てて問題を解決した。かつての軍事基地が続々と平和に転用されているが、市内最大の基地が今やNGOの活動センターになっている。旧軍倉庫で週末には市民の劇団が演劇を上演し、市民が家族連れで芸術に接する。劇団もまた発表の場ができたうえ収入にも困らなくなった。
人間の視点に立つ自治体
米国だけではない。ちょうど一年前の正月、私はメキシコの山奥にいた。米国流のグローバリズムや新自由主義に反対するゲリラの解放区を訪れたのだ。政府との和平交渉が行き詰まったままなのに、「まだ、闘争を始めてたった十年しかたっていない。始まったばかりだ」と少年兵が明るく語った。一日の生活費が二百円という貧しさだが、めげることなく将来を夢見ている。
南米のブラジルの南部ポルトアレグレ市で二〇〇五年一月、地球規模の民間国際会議「世界社会フォーラム」が開かれる。「もう一つの世界は可能だ」をスローガンに、グローバル化を批判し人間の視点に立つ発展を探ろうとするものだ。
ポルトアレグレは市民主体の先進的な自治を行っていることで世界に名高い。たとえば自治体予算の作成に市民が直接かかわる。予算の組み立てを決めるのは市民自身だ。
学校やゴミ、治安などさまざまな問題のどれを優先して予算配分するかを住民投票で決める。「もう一つの世界」をそのまま実践しているような町である。東京もこんなことで世界に名高くなりたいものだ。
ワクワクする人生を
今の社会がおかしいと思えば、身近なところから変える努力をすればいい。自分が行動することそれ自体が自信となって次の行動につながる。この同じ地球上で、それも日本よりはるかに条件の悪い地域で、人々はより良き社会の実現を目指して闘っているのだ。
肝心なのは主張を続けることである。敗北とは、闘うことをあきらめることだ。行動がなければ勝利もない。宝くじだって買わないと当たらないではないか。買っただけでワクワクしたではないか。ワクワクする人生を送りたければ、まず自分が行動することだ。
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