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日本初の公契約条例
法政大学大学院 政策創造研究科教授 武藤 博己(むとう ひろみ)さん
世界の不況、金融危機と連動した日本の不況は底を打たず年を越えました。日雇い派遣に象徴されるワーキングプア問題は、私たちの職場で「官製ワーキングプア」を生み出しています。千葉県野田市で全国に先駆けて制定した公契約条例は全国的に波及しています。今回、公契約条例の意義などについて寄稿をいただきました。
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武藤 博己(むとう ひろみ)さん
プロフィール
1950年群馬県生まれ。
法政大学法学部卒。国際基督教大学大学院行政学研究科博士課程修了。学術博士。専門は行政学。ロンドン大学客員研究員、法政大学法学部長を経て現職。
著書に『道路行政』『入札改革ー談合社会を変える』『自治体経営改革』など。 |
野田市公契約条例の制定
千葉県野田市議会は2009年9月29日に、日本全国で初めての「公契約条例」を全会一致で可決した。野田市は千葉県の北西部に位置し、人口16万人弱の中規模都市であり、醤油生産で知られているが、特に公共工事や談合で有名というわけではない。官製談合などが摘発された場合には入札改革が進展することがよくあるが、野田市の場合はそうではない。
なぜ野田市は全国初という栄誉を勝ち取ることができたのであろうか。これまでの経緯を見る限りでは、市長のリーダーシップが大きいようだ。建設省の出身だが、市長になって5期17年目であり、議会との関係や契約担当部局に対する指導など、豊富な経験を有する市長だからこそ可能であった。
2009年11月24日の地方自治総合研究所等主催のシンポジウムでも、市長はしっかりと法律論をやった後に、「グレーゾーンならば、やってしまった方が勝ち」と述べられたが、これは17年の経験からできた政治判断である。そうした気概は条例の前文にも示されている。
前文に示されている積極的姿勢
前文には、地方公共団体の入札によって、「下請の事業者や業務に従事する労働者にしわ寄せがされ、労働者の賃金の低下を招く状況になってきている」という問題意識が述べられ、「このような状況を改善し、公平かつ適正な入札を通じて豊かな地域社会の実現と労働者の適正な労働条件が確保されることは、ひとつの自治体で解決できるものではなく、国が公契約に関する法律の整備の重要性を認識し、速やかに必要な措置を講ずることが不可欠である」と国への要望を展開している。
しかしながら、国は動いていない。これまでの政権では当然期待できない。 政権交代があったため、今後の展開に期待できる側面もあるが、まだ動いていないことは事実である。
そこで、野田市は、「このような状況をただ見過ごすことなく先導的にこの問題に取り組んでいくことで、地方公共団体の締結する契約が豊かで安心して暮らすことのできる地域社会の実現に寄与することができるよう貢献したいと思う。[改行]この決意のもとに、公契約に係る業務の質の確保及び公契約の社会的な価値の向上を図るため、この条例を制定する」と述べ、公契約に関する先進自治体になることを宣言した。
公契約条例の概要
野田市公契約条例の目的は、「公契約に係る業務に従事する労働者の適正な労働条件を確保すること」であり、それにより、「当該業務の質の確保及び公契約の社会的な価値の向上を図る」ことであり、「もって市民が豊かで安心して暮らすことのできる地域社会を実現すること」と規定されている(第1条)。
どのようにして「適正な労働条件を確保する」のであろうか。市長が別に定める「最低額以上の賃金」の支払を事業者に義務づけるという方法である。その際、公共工事については、いわゆる二省単価(農林水産省と国土交通省による公共工事設計労務単価)を参考にすること、請負契約については、「野田市一般職の職員の給与に関する条例」を参考にすることが規定されている。また、この最低賃金は、下請け、孫請け、派遣労働者にも適用され、さらに監視と制裁措置の規定もある。
入札改革と公契約条例
現在の入札は、価格が重視される「価格入札」であり、筆者はかねてから価格以外の要素を重視する総合評価型入札に移行すべきであり、価格以外の要素として「社会的価値」を入札の基準に取り込むべきだと提案してきた。
社会的価値とは、政策によって追求されるべき価値であることから、そうした入札を「政策入札」と呼んでいる。すなわち、「価格入札から政策入札へ」がキーワードである。
公契約条例は、政策入札のうち、「公正労働」という社会的価値を重視した入札方法であり、また「福祉」(障害者の雇用等)を重視した大阪府の方式が政策入札として知られている。
「環境」に配慮したグリーン購入の制度等もあり、入札という政府調達の手続きを政策手段として活用する動きが広がっている。
公契約条例の意義と課題
自治体の行政サービスの外部化に伴い、安ければよいという発想から委託費が切り下げられ、その結果行政サービスを担う人々の人件費が切り詰められてきた。行政サービスを支える賃金の引き下げは、結果として地域社会の賃金水準を引き下げる圧力として機能してきた。 自治体が格差社会を推進してきたといえるのである。公契約条例は、こうした流れに歯止めをかけ、労働者の最低賃金を引き下げないようにするという意義だけではなく、地域社会の賃金水準を引き下げないという積極的な意義がある。
このような公契約条例が野田市以外にも広がりを持つことによって、格差社会の流れを止め、誰もが働きがいのある仕事を続けられるような社会になってほしいと考える。
行政内部における格差社会の解消
行政サービスの外部化について触れたが、実は行政内部に格差社会が広がっている実態を直視する必要がある。正規職員、嘱託職員、非常勤職員、臨時・アルバイト職員等が行政内部で仕事をしているが、同一の労働をしていても賃金は大きく異なっている。
人件費抑制が人員抑制となり、正規職員が行ってきた仕事を今日では多くの非正規職員が担っており、しかも給与等の待遇面での大きな格差が明確となっている。
自治体職員は、こうした内部の問題のみならず、外部の動きにも敏感である必要がある。地域社会に行政サービスを提供することが自治体の役割の一つであるが、行政サービスだけで地域社会に必要な公共サービスが充足されるわけではない。
公共サービスの中には、民間によるサービスもある。この民間の公共サービスがどのような状況にあるのか、モニタリングし、不適正があれば是正を求めるのは、自治体の役割であろう。自治体職員には、地域社会がどのような状況になっているのか、しっかりと見守ってほしいと思う。
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