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伊ヶ谷地区海上より見る三宅島
伊ヶ谷地区海上より見る三宅島 撮影2003年4月10日三宅支庁提供
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都庁職新聞
 

先行する東京都の新自由主義的教育改革
子どもの権利と自治の視点から
「ウェールズ、ヨーロッパ、そして世界へ」

浦和大学短期大学部助教授 山本 由美


 大きな問題を抱えた教育基本法の「改悪」が強行されました。いまや公教育はグローバル競争で勝ち抜く「人材」養成のために再編されようとしています。UK(英国)は4つの連合国です。いつもイングランドと一緒の行政を行っていたウェールズですが、イングランドからの分権化(独立化)で学力テストを廃止しました。そのウェールズを訪問された山本由美さんからの便りをお届けします。

子どもを不幸にする学力テスト

 教育基本法「改悪」の主たるねらいは、学力テストの導入です。安倍首相が、イギリスをモデルとした「学校選択」「教員評価」「生徒1人当たり予算配分(いわゆるバウチャー制度)」などの新自由主義的教育改革をめざしていることを比較的正直に述べてくれたので、そういった理解がようやく国民に広がったようです。教育基本法「改悪」は公教育へのNPM型改革の貫徹でもあります。教育基本法をめぐる衆議院および参議院の論戦では、残念ながら、特に参議院が一般に報道されることは極めてまれでしたが、野党4党のスタンスは、新自由的教育改革への集中的な批判へと固まっていったのでした。与党がそれに正面から答えず、強行採決に至ったのは最悪でしたが、この劇的な論戦の変化は特筆すべきものでしょう。新自由主義が生み出す格差社会の教育の問題点を、国会議員の多くが自覚したのですから。今年から、犬山市など不参加を宣言している自治体以外で、全国一斉学力テストが導入されます。そのためにこそ、政府や文部科学省が、法律に定めさえすれば、無限定に教育内容に介入できる新しい法制をつくったのです。
 「教育振興基本計画」によって、向上すべき「学力」が数値目標化され、各自治体や学校のテスト「結果」が、「保護者の要望」により公表されます。保護者は、テスト「結果」を見て学校を「選択」するので、人気校と不人気校が生まれます。不人気校はあっという間に小規模化し、学校統廃合の対象になり、学区は荒廃しスラム化します。学校は「学力テスト」だけを気にした競争的で味気ないものに変わります。恐ろしいことに、ここまでは、東京都の足立区などですでに現実となっている「未来」なのです。
 さらに、バウチャー制度が私立学校にも適用されれば、生徒の奪い合いの結果、公教育は衰退します。かくして、かつてすべての子どもに平等な教育サービスを提供し、国際的に高いレベルを誇り、そして現在PISA国際学力テスト1位のフィンランドが「手本」にした日本の公教育は過去のものとなります。

ウェールズでは学力テストを廃止し職業「資格」へ

 06年9月に、日英米新自由主義的教育改革比較研究の一貫として、イギリスのウェールズを訪問しました。安倍首相はサッチャー元首相の教育改革がモデルと述べています。確かに、ナショナル・カリキュラムやそれに基づいたナショナル・テストを導入したのは彼女ですが、97年の労働党ブレア政権移行もその教育政策は引き継がれ、NPM型改革という点ではさらに強化されたとも言えます。しかし、以前と比較して、明らかに学力テスト体制に対する国民的な批判が高まり、保守党ですら「学校査察機関や学力テストが、教師のモラルを低めるので改善を」といった教育政策を公表するほどでした。子どものみならず教師や校長へのテストのプレッシャーは強く、教師の教育活動は細かくマニュアル化されていました。
 そんな中、イングランドからの分権化(独立化)が進むウェールズは、01年から来年度までに学力テストを暫時廃止することにしたのです。かつての炭鉱地域は、産業構造の転換政策の結果、経済的に停滞し、現在は従業員5名以下の産業が95%という状況だそうです。一方で、地域のすべての子どもたちに平等な教育を提供するコンプリヘンシブスクール(総合制中等学校)が根づいている地域でもあります。ウェールズの自治体職員は、競争的な教育から子ども中心の教育への転換、という女性教育技術担当大臣の決断をたたえていましたが、テストに対するオルタナテイブとして「資格」を付与するという改革が私には印象的でした。ウェールズでは、テストで「学力保障」する代わりに、高校以上で具体的な職業準備教育を行い「資格」を出していくというのです。それによって、青年たちは卒業後、広い地域で就職することができると、「ウェールズ、ヨーロッパ、そして世界へ」というスローガンが掲げられていたのです。
 「深く地域に根づきながら、グローバルな視点を持ち、そして、誰もが平等な公教育を受けた子どもたち」、今注目されているフィンランドの子どもについて教育学者の田中孝彦氏はこのように述べていますが、ウェールズがめざしているものにも共通するのかもしれません。

対抗軸としての子どもを中心にした地域の共同

 新自由主義意的教育改革が「子どものため」「保護者の権利を拡大」とうたいながら、実は、「エリート」養成中心へと公教育を序列的に再編し、自治体の学力テストに参入するベネッセのように公教育サービスへの企業の限りない参入を拡大していくのとは、まったく逆のことがウェールズでは始まっていたのです。
 残念ながら、現在、東京は、グローバル競争で勝ち抜く「人材」養成のために公教育が劇的に再編されつつあります。しかし、それに対抗するような、学校を核とした教師、子ども、父母、地域住民の共同、すなわち学校自治的な伝統が存在する地域でもあるのです。
 だからこそ、そのような関係を破壊するために、石原都知事に代表されるような暴力的なナショナリズムの手法が用いられもするのです。改革を推進したい官僚にとっては彼は都合のよいキャラに過ぎません。「改正」の下では、「エリート」の子どもたちも切りすてられる子どもたちも、ともに発達の上で傷を負う、と大人が自覚して、子どもの権利を中心に据えた地域の共同をつくっていくことこそが、今求められるのではないでしょうか。

山本由美(やまもと・ゆみ)
プロフィール 1959年長野県生まれ、横浜国立大学教育学部卒業、東京大学大学院教育学研究科博士課程修了、教育行政学専攻、1999年から2001年まで夫の留学に伴いアメリカ・マサチューセッツ州に家族で滞在。その時のアメリカの教育改革の様子は「ベストスクール−アメリカの教育はいま」(花伝社 2002年)に。2006年より浦和大学短期大学部助教授。「地域における新自由主義教育改革−学校選択、学力テスト、教育特区」2004年 エイデル研究所 共著 「学校統廃合に負けないー小さくてもきらりと輝く学校をめざして」2005年 花伝社 共著

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